おきゃくがくる かんこうした

三ヶ月も働くとだいたいどこの作業でもできるようになってくる。
はじめは動物の相手や植物の手入れだけだったのが、そのうち中層の工場での作業も任せられるようになったりもする。
そうするとついに、客を相手にした仕事も回されるようになった。
「でもウィルはよく言葉使いを間違えるので基本黙ってるよーに」
「わーかーってるって」
ササキの念入りな注意にむくれるウィルソン。
他の従業員がにやにやと笑っていた。
ウィルソンはやたらとササキの注意を受けることが多いのだった。

彼らが今日担当するのは、工場ブロックの説明案内だった。
これでもめいぷるシーランドは観光客向けに開かれたファームタイプの遊園地である。
家族連れの客がやってくることもあるし、工場見学に学校や孤児院の子供達ががやってくることもある。
そんな彼らの観光コースは、まず上層や海を舞台とした体験コーナーである。
実際に動物に触れて羊の毛を刈ったり、綿を集めたり、あるいは海中の養殖真珠をとったりと、スタッフと共に一緒に作業を体験することができる。
また、伐採した木々で作られた遊具で遊んでいる子供達の姿はよく見かける光景だった。
勿論、体験するだけでなく、さまざまな動物を見に行くことも出来る。
ファーム内の陸上動物はもちろんのこと、海中の鯨やイルカも、
スタッフによるタグ付けという地道な努力の果てに、潜水艦を使ってウォッチングする事を可能としていた。

あるいは、工場見学としてさまざまな施設を見ることもできる。
工場内には動物の皮や骨を加工しているところもあれば、集めた綿花から綿を取り出しているところもある。
これらの作業の一部は、実際に工場を訪れた人が参加することもできるようになっていた。
そのためここを案内するスタッフは全員が作業工程を把握する事を必須とされる。
実際の作業スタッフとは別に、観光客に作業指導と監督をするためである。
ここから少し離れると、実際に採取されたまままだ加工されていない皮や骨、木材などが置かれている部屋がある。
観光客は希望すればここで自分だけの食器や入れ物、革細工を作る事が出来た。
実のところ、この施設は観光施設としてよりも生物資源の生産施設、日用品の生産施設としての意味合いの方が強い。
それを一応観光にも使えるようにした、というのがこの施設だ。
海底ドームでの暮らしは、安全である。
ただしそれでも常に充分な貯蓄がある事が前提になる。
例え戦争による災禍が届かず、テロ活動が警官達に取り押さえられたとしても、長期間海底だけで暮らしていればやがて足りない物も増えてくる。
このファームの目的は、そんなときの対応も含まれている。
生物資源の生産をきっかけとして、日用品が不足するといった事態を避けようというのである。
多くの木々。種類は絞られるが充分に生態系を考慮された動物たち。
材料は保存され、一部は日用品として国内を巡る。
日常においては、人々が生活に必要な物を手軽に手に入れるようにするため。
非日常においても、それは同じ。
そのための動植物であり、その加工施設である。
自然環境の保全を目的として海に潜った紅葉国の性質を考えるならば、それは一度手を放したものと、もう一度手をつなごうとするような行為であった。

「えー。で、そこの太いパイプがあるな。
これが上のゴム園につながってるんだな。ゴム園見てきただろ?」
「おう!白いやつを一杯とったんだ!」
「よっし、偉い!」
「私は木を切るのを手伝ったよ?」
「おお。凄いなー」
子供達がわいわい騒ぐ中で、ウィルは結構上手くやっていた。
むしろあの高いテンションにちょっと置いてきぼりなスタッフ達である。

ササキはそれを見てあれーと首をかしげた。
「いやー。驚いたわ。案外ウィルって向いてるのかも」
「なんか言ったっすか?」
「ほら、説明続けて続けて」
「ういっす。でだ、ゴムの木から出たあの白いやつが
あのパイプの中を通ってそこのタンクに集まってるんだ」
「知ってる。えんしんぶんりきっていうんでしょ?」
「おお。俺が覚えるのに三日もかかったのに何故その道具の名を!」
「ふふん」
「ふふ。だが俺も負けてはいられないぞ。いいか、良く聞け。
実はあの白いやつ、そのままじゃあ体に危ないんだ」
「えー。何それー」
ウィル説明中
子供たちに説明中
「俺もよくはわからんが天然ゴムにはタンパク質って物があってそれが邪魔らしい」
「それをえのえんしんぶんりきでわけてるんでしょう?」
「そうだっ。だがここに秘密がある。
実はそこのパイプを通ってるときにある物を混ぜてだな、簡単にそれをわけられるようにしてるんだ」

あ、まずい、とスタッフ全員がウィルソンの方を見た。
子供達はわくわくとした様子で彼を見つめている。
「あー、ウィル?」ササキが声をかけた。
「それはちょっと……」
「でだ。何を混ぜてると思う?」
「海水とか?」
「ぶぶー」
「えー。じゃあえっと、他の木の液体とか」
「違う」
「なにー?」
「正解はだな、に……」

「はーいここまでー」
ササキが指を鳴らした。
いつの間にかウィルソンの背後に回っていたスタッフが羽交い締めにして引っ張り出していく。
おつかれーいやなにをするんだおれはばかだまってひけうおーおれのねたがー、ねたがー。
がー、がー、がーとこだまする中、残った女性スタッフが説明を開始する。
「えー、で、ここでとれるゴムが車のタイヤになったり、手袋になったりしてるわけね。
他にも輪ゴムとか、君の履いている靴もそうだし、車のタイヤだってそう。
難しい話をすると免震ゴムというものもあるんだけどね。さ、次にいこっか?」

「さっきのこたえはー?」
スタッフは笑顔を浮かべた。
「秘密」


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