たくわえができる しごとをえらんだ

そうして何ヶ月か仕事をしていると、あら不思議。
「……俺の預金口座なんてあったんだな」
「あんた私の最初の説明全部右から左だったっていうことよねそれは」
びしりと額に青筋を立てるササキを前に、いやいや滅相もないと必死で首を振るウィルソン。

最初の事務室である。
今はウィルソンは作業着姿ではない。
勿論パンツ一丁でもない。普通に私服姿であった。
身受けも終わり、晴れて自由のみ。
それどころかここで働いた分の収入が、今、彼の預金口座にはある。

「あんたには二つの道がある」ササキは指を二本立てた。
「ここで正式な従業員となる事と、外に出て暮らすことだ。あんたは後者を選んだ。うまく生きなよ?」
「ういっす。ああでも俺、ここに来るまで鯨からあんなにいろんな物が作れるんなんて知りませんでしたよ。びっくりしました」
「あはは。そりゃ良かった。まあしかし」
とんとん、とテーブルを指で叩く。
「あんたがいなくなるのは残念だね。結構楽しい日々だったよ」
「俺も楽しかったですよ?いやぁ子供って可愛いもんですね」
「……」
「……あれ、また失言しました?」
「まあ極大の失言をしたね。さ。終わりよ。さっさと出てお行き!二度と帰ってくるんじゃないっ」
「わかりましたっ。今度こそは真面目に生きます!ありがとうございましたっ」
ウィルソンは椅子を倒しながら立ち上がって、がちゃんと大きな音がするのも気にせず頭を下げた。
莫迦、さっさと椅子を戻せと怒鳴るササキ。
ウィルソンははいっと言い、笑いながら椅子を戻した。

そして一人残された事務室で、ササキは派手にため息をついた。
すると、そろそろと物陰で、部屋の向こうで、さまざまな場所で聞き耳を立てていたグループのスタッフ達がやってくる。
「ササキさん、引き留めるんじゃなかったんですか?」
躊躇いがちに、男のスタッフが声をかけた。
ササキはからっと笑って首を振った。
「まさか。あいつは、立派になってここを出て行くのよ。それを引き留めたら私がすたる」

――そう。一文無しの素寒貧。ぱんつ一丁でやってきた情けない男はもういない。
いいではないか。せいせいする。あんなハナッタレも立派に成長できたんだ。
まだ危なっかしいところはあるけれど、それでも――。

それを、笑顔で見送る以外の選択肢があるだろうか。

「格好いいこと言ってると婚期逃しますよ?」
真顔で女のスタッフが言う。
「自分の事どうにかしてから言えっ!」


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