輸送潜水艦SS

そのシルエットを目にできる者が居たならば……人はそれを、鯨と呼んだかもしれない。
丸い先端、長く滑らかな胴体。寸胴の、大きな円筒形。

カーヴィル級輸送用潜水艦。

都市船の開発に続き、紅葉国における輸送の要として考案された物である。
その名の由来は、最近紅葉国で開催されたタケモンコロシアムにて、寝て転がってどこかに行ってしまった巨大な鯨のことである。
全長244.5メートル、全幅39メートル。
太く巨大なシルエットは、粛々と海の底を進んでいる。
内部に、大量の植物と海洋試料を積んで。
潜水艦
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――深度を一定に保ったまま、モレリィは、そっと舵から手を放した。
彼女は計器をチェック。
……少々荷を積み過ぎたかと思ったが、エンジン出力は至って平常。
このままならば海の果てまで行けそうだ。
先に、燃料切れだろうけれど。

「暇だなぁ」
そうぼやいたのは隣に座った若い男だ。
ぼさぼさした金髪を手でぐりぐりしてなでつけようとしている。
先ほどから、ちらちらとこちらを見ている。
……彼は確か妻帯者だったはずだ。
タケモンの直前、地上のリゾート復興にあわせて盛大に結婚式をしていたと聞いている。
横目で睨んでやる。
おおー、こわっ、などと言いながら身を引かれた。
……しかし、言葉とは裏腹に、顔はにやにやと笑っている。

ため息をつく。
――どうも、フロレンタインみたいな威圧感が、自分には足りない。
確かに見た目は……二十一、というには幼い顔だし、せっかちだから口調がついつい子供っぽくなってしまうけど……。
クールで格好いい大人の女が理想だけれど、モレリィの理想と現実の間には、少々莫大なずれがあった。

「んで。順風満帆ってとこか?」
「ええ。まあね」
「つれないなぁ」口をとがらせる男。
「奥さんにちくるわよ」いらっ、として彼女は言った。
「だいじょーぶ。うちの奥さん、賭け事に散財しなけりゃわりと寛大だから」
紅葉国では結構一般的な家庭環境である。
「あー。そういえばあんた、典型的なファーム常連だったわね。あれ、本に書いてあったけど、ほんと?」
「ほんとほんと。だから今だって俺がここにいるんだろー?」

この男。どう見ても頭が軽そうなのだが、これでも一応、今回の輸送物資のファーム代表責任者である。
今回の仕事は、都市船移植用にファームで生産された植物類の輸送と、
周辺海域で見つかった海洋生物の死体からとったサンプルの輸送である。
前者は都市船の環境構築に貢献し、後者は都市船における海洋調査に貢献することになる。
都市船では、確か、フロレンタインが仕事をしていたはず……。
久しぶりにみんなで酒が飲めそうだと、モレリィは思った。
フロレンタインの他にエドガーが何してるかという心配もあるが、まあ、あれに関しては気にしても仕方がない。
なぜかあれはいつもいつもそういう場にいる。誰も呼んでないのに。

しかし。
「なんだよ。また黙りかよ。寝ちまうんじゃねぇか、そんなに黙ってると」
この、隣に座ったウィルソンなる男は、本当にやかましい。
ほんの少し。ほんの少しだけ、フロレンタインが仕事中に記者につきまとわれて鬱陶しいと言っていた気持ちが、理解できる。
「うっさいわね。あんたなんなのよ。一々一々突っかかってきて」
「そりゃーもう。あれですよ」
ウィルソンは自信満々に指を立てた。
ふふん、と鼻を鳴らしながら、視線の先でちっちっちっと指を動かす。
「俺が退屈で退屈で」
「………………………………さい、です、か」
ばったり。
まこと、身勝手な言い分に、彼女はぐったりとコンソールに突っ伏した。

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しばらくすると、モレリィは潜水艦を浮上させた。
艦内で風呂を沸かせるほどのエネルギィ有り余る原潜ならともかく、
民間に出回っているディーゼルとリチウムイオンバッテリィのハイブリッド潜水艦では、
時折、浮上するか最寄りの海底都市によって休ませるように運用規則が決まっている。
浮上を完了させて外に出ると、海はすっかり、夕焼けに赤く濡れていた。
眩しさに目を細める。
……いつだったか、海洋調査に協力した時、無人島で猫を見つけたことを思い出す。

「おほー。明るっ。うわぁー。久々の海上ですぜみなっさん!」
――雰囲気をぶちこわす大声。
ウィルソンは足下の穴から頭だけ突き出して、それからすぐに足下に向けて声をかけた。
今は休憩中。
彼の足下にも、外に出るためスタッフが何人か集まってきているのだろう。
ウィルソンは猿のように梯子を登ると、うおーと言いながら艦の先の方へ走っていった。
それに続いて、足下の穴からぞろぞろとスタッフが出てくる。
あっという間に騒がしくなる。
それらを眺めていると、彼女の隣に、誰かが立った。
名前の知らない男。グリーンの作業着を着た男である。機関士だろうか。
「うーん。時々は外もいいっすね」
彼はそう言って、こちらを見る。
モレリィが何も言わないでいると、軽く肩をすくめて人の集まっている方へ行った。

――少し、遠い。

モレリィは一人ため息をついた。
こういった賑やかさは苦手だ。
いや、嘘だ。実は好きなのだけれど、どうも、まだ彼らとはなじめないというか。
いまいち、モレリィは人に心を開くのが苦手だ。
だから、何かというと孤立してしまう。
例外は仕事。
仕事では、人間関係とか、プライベートに踏み込む話は無しでやりとりができる。
だから、大丈夫。
しかし、こうやって和気藹々としているところを見せられると……時々、少し、なんとも言えない気持ちになる。
「ああっ。もうっ」
首を振る。気分を切り替える。
早く舵を握ろう。そうしてまた、仕事をするのだ。
沈むように、ゆっくりと、作業にのめり込むのだ――。

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都市船にたどり着く。
荷物の搬送は、内部で待機していたスタッフとファーム代表のウィルソンに任せられた。
なにげに、ウィルソンの手際は良く、荷の扱いについては耳が痛くなるくらい細かく熟知していた。
――少し意外な面を見た気分で、彼女は都市船の中を進む。

ここはマスターシップ。
エレベーターで第四層に向かい、まだ建造中のためまばらな街並みを抜けていく。
まるで地上のように暑い敷地にでると、しばらくして、作業員専用の居酒屋を見つけた。
まだ建造中の土地に作られた、仮設飲み屋。
一仕事終えた潜水艦乗りが、あれこれ言いながらジュースやらココナッツワインやらを飲んでいる。
ちょっと期待して、辺りを見回した。

――どきんとする。
奥の席では、すでにエドガーがのんびりとジュースを飲んでいた。
モレリィは注文もそこそこに、ささっとエドガーの右の席に腰掛けた。
きょろきょろ辺りを見回す。
エドガーはちらりとこちらを見上げる。笑った。

「フローならまだだぜ? はやかったな」
「ええ。まあ、今日は近場だったから」
「へー。どこ行ってたんだ?」
「ファーム。環境整備用の植物サンプルと、海洋生物の調査用サンプル」
「あー。研究室ができるんだっけ? 研究都市だっけ」
「研究都市」
「すげぇよなー。儲かるのかな」
「確率統計とか、強い人いそうよね」
「……よしっ。あのあたりのカジノにはいかんぞ」
「あんたまだ未成年」
「もうすぐ二十歳だっ」
「あはは」
……笑えてくる。

モレリィは届いたアップルジュースを飲んで、はぁー、とため息をついた。
それを見て呆れた顔をするエドガー。
「モレリィさー」
「あによ」
「なんか落ちこんでんの?」
「っ、」
鋭い。
……何故かエドガーは、いつもこういうところを見遁さない。
モレリィはふぅとため息をつくと、首を振った。
「別に。ただまあ。単にね、あわないなぁって」
「そっちの船? 腕は良いってきいたけど?」
「性格の話をしてるのよ、性格の」
「あー。――まあいいじゃん。俺らもいるし。都市船の建造終わったら、またチーム組めるって話だしよ」
「ほんと。待ち遠しいわ」
――で、何故そこできょとんとする、貴様。
「いやだって。妙に素直じゃん、モレリィ」
「何よ。あんたは違うっていうの?」
「いや。俺も待ち遠しい。やっぱおまえとフローと一緒にやるのが一番やりやすいし」
「でしょ?」
「うん」

「あーあ。早くまた一緒に乗れないかなぁ」
言いながら。椅子に座って、足をぶらぶらさせる。
いつの間にか機嫌は良くなっている。
モレリィはもう一度ジュースを飲んだ。はぁー、と言う。
「機嫌、良くなったな」
「あはははっ」
正解。心の中でそう返す。
――ああ。でも。
こうやって、通じる人が存在するなんて。
なかなか幸せなことじゃないか、と思うのだ。


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