都市船SS2

都市船はゆっくりと上昇していく。
その光景を、潜水艦のディスプレイから眺めていた。
亀じみた巨躯がゆっくりと上へ向かっていく様は、空にあげた凧を連想させた。
青空に、高く高くあげた白い四角形。
風になびいて、たこ糸に腕が引っ張られた感覚。

まだ小さかった手。まだ短かった腕。

届かないと知っていたから、凧を揚げた。
届かないと知っていたから、海を眺めた。

海も空も青かった景色。
吸い込まれそうな、青い色。

その、あまりの広さに、涙したのはいつだったか――。

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「静かね」
「そうか?」
「静かだな」
「うるせぇ」

作業用の小型潜水艦に乗っているのは、三人の男女である。
エドガー、フロレンタイン、モレリィ。
操縦席に収まっていた小柄なエドガーは、
後ろからかかってきたモレリィの高い声には澄ましていたくせに、
隣の席についたフローの低い声には何故か邪険に返していた。
顔をしかめるフローの横で、エドガーはため息をつく。
ディスプレイに表示された都市船の航路は規定通り。深度もリニアに下がっている。
まもなく、都市船はその上面を外気にさらすことだろう。
浮上試験。中に施設等をいれた状態で行われる最終チェックの一つ。
これまで輸送船での搬入やスレーブシップの移動など、様々な手伝いをしてきた三人組は、
今はこうして特等席で都市船たちの浮上景色を眺めている。

「しかし、外ね」
モレリィが少しため息をついた。
「私たちは大丈夫だけど。たいていの人は怖がるんじゃない?」
「そうだな。だからこそ、海底都市がぎっしりなんだろうが」
フローの返事に、彼女は鼻を鳴らした。
度重なる大事件。しかしその割に、紅葉国で大量の死者が出た、という事は少ない。
それが地上ではなく海底暮らしのおかげだと考える人は多く、
だから今は海上には人気がなかった。
モレリィを始め、潜水艦乗りであれば、
定期的な休憩を取る必要があるので海上に出る事に抵抗が少ない。

だが一般人の場合はそうではない。
エドガーも、外に出る話を友人にすると、時々ひどく驚かれる。
両親にしたりすると、心配がられる。
「外の空気も悪くないんだけどね」
モレリィはそう言ってシートに座り直す。椅子が、軋んだ。

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浮上は順調に完了した。
エドガー達はその足で都市船のマスターシップに戻ると、一番上の層に向かった。
まだ天板は開放されておらず、室内は人工的な明かりに照らされている。
緑の敷き詰められた土地。
住宅街からは少し離れた広い公園で、三人はそれぞれくつろいでいる。
エドガーは片手にジュースの缶を持って、ベンチに座っていた。

「そろそろ、か」
草地に寝そべっていたフローがつぶやいた。
隣に座っていたモレリィが、空を見上げる。
放送が入った。
これより上部アーマー及び天板の開放を行います。
繰り返します、これより上部アーマー及び天板の開放を行います――。
天井のスクリーンが光度を落とす。
そして。ずずっと、重たい音を立てて天井が動き始めた。
亀の甲羅。そして天板が、ゆっくりと開いていく。

「―――――、あ」

その隙間から見えた、青い空。
まるで目を開くように徐々に満たされていく空の色。
天板はゆっくりと開いていき、広大な青空を目前にしていく。

思い出す。
遠い青空。遙かな海。
それを前に、手を伸ばしたくて躍起になって、凧を揚げながら海を見た――。

天板が、完全に開いた。

眩しさに目を細める。
遠い、透き通った青空。遠くに見える、今にも掴めそうな白い雲。
手を伸ばす。
「……、はは」
けれど、やはり今でも掴めない。

ああ。でも。まるで昔の思い出が戻ってきたみたいで。

「エドガー、どうしたの?」
モレリィが聞いてくる。
エドガーは「え」とつぶやきながらそちらを見た。
その瞬間に、涙が一粒、こぼれる。
「あれ?」
「そんなに眩しかった?」
モレリィはそう言って、少し笑う。
空を見上げて、眩しそうに目を細めた。
「く、あ……」
そして。
欠伸をしてやがるゴーイングマイウェイ・フローは、
「日光浴、というのも悪くない。日向ぼっこは心地よく寝られそうだ」
などと、つぶやいて、目を瞑る。
「あんたはいつも……」呆れたようにつぶやくモレリィ。
「フローだし」エドガーは笑った。
けれどまあ。それはそれであり。
久方ぶりの空の下、思い思いに満喫すればいい。
「凧でも探すかな」
「は?何、食べるの?」
モレリィの問いをよそに、エドガーはのんびりと歩き出す。
確か、向こうの方か水平線が眺められたはずだ、と思いながら。

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