都市船SS

都市船の建造は、造船所におけるブロック開発と水中試験、その後の海中での接続作業から
成立している。
特にスレーブシップは浸水が無いことを確認された後、まだ海上に浮かんでいる段階で
様々な施設を入れていき、徐々に沈んで行ったところを、わずかな推進力と補助装置での誘導で
マスターシップとの接続を行っている。
スレーブシップは、いわば鈍重で、その上扱いにくい、ナマケモノのような潜水艦だった。

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都市船の建造計画に当たっては、前後して集められた優秀な潜水艦乗り達の多くが
作業に参加していた。
フローと言う名前の南国人もまた、その一人だった。

フロレンタインが本名だが、自他共にフルネームで言うことは少ない。
時々冗談めかしてバッファと呼ばれるが、大抵の人には通じない。
ちなみに、初めてその名前で呼んだのは、腐れ縁にして同業者のモレリィである。
彼女からは何かというと不名誉なあだ名を差づけられている。
むっつりスケベとか。いつの時代のなまものだあいつ。

そんなフローが今回担当している仕事が、スレーブシップの操艦である。
もともと、鈍重な上繊細に扱わなければならない遊覧船を扱っていた経験を見られての
ことである。
この作業には、モレリィも、友人のエドガーも向いていない。
ちなみにエドガーは、この三人組の中でもひときわ腕の良い彼らしい事に、
回遊航路乗にある係留点の設置と調整作業。
モレリィは物資輸送をしている。

三人組でつるんでいる時こそぶつぶつと小言をこぼすフローであったが、
一人で作業をする時は実に寡黙である。
彼は、潜水艦をドッグに搭載したスレーブシップが適度な重さになったのを確認して、
沈む事に任せて潜水させた。
その後、海流を捕まえて前身させ、しばらく先に進んだところにある亀のような都市船へと
スレーブシップを接続させた。
実際のところ。今ではほとんどルーチンワークの、慣れた、そして少し退屈な仕事であった。

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そのルーチンワークは基本的に、いくつかの確認の言葉をのぞけば、全くの沈黙の中に行われる。
いや、単にフローがそういう性格なだけであって、大抵のところでは無線で雑談が行われるので、
これは純粋に彼の趣味だった。

海は深く。舵をにぎり、モニタに映される補正のかかった青い海の光景を見ている。
静かなコクピットに一人で居ると、どこかちりちりと耳が痛くなる。

「本当に全然何もしないんですね」
けれど。今日は珍しく、声をかけてくる者が居る。
金髪に茶色い肌の、典型的な南国人だ。
シートの後ろを掴んで顔を突き出し、ディスプレイをじっと見据えている。
フローが横を向けば、その形の良い顎と、ふくらんだ唇、耳元で揺れるイヤリングを見た後、
明るいブルーの瞳を捉えた。

こちらに気づいて、彼女が振り向く。にこー、と笑った。
「鯨とか居ないんですか?」
「………………」
平穏な静寂をかき乱す一人の嵐。
その名を――聞いた気はするのだが忘れてしまった。
確か、雑誌記者だったはず。
以前にも、観光船を動かしていた時に見た顔だ。

彼女はすっかり慣れた様子で話しかけてくるが、フローとしては、名前も覚えていない、
単にやかましい人物という以上の印象は、ない。
「時々見かけるな。シャチも」
「シャチ! うわー。いいな。いいな。」
「何が」
「シャチ」

……額を押さえるフロー。
「どこが」
「一度背中に乗ってみたいなぁ」
「イルカとか、慣れたの居るだろ」
「シャチが良いんですよ。格好良いじゃないですか」
「……なんだか。前にも何かの記事か、取材かでそういう台詞があったな」
「藩王様ですねー。今度タケモンに参加するとかで」
「ああ」
「というか。それ書いたの私ですっ」
「へぇ?」
意外なつながりがあった。フローはわずかに頷いた。
「そうか」
「です」

…………。
……………………。
…………………………………………。

「あのー」
「何だ?」
「それで、感想とかは?」
「いや。印象しか覚えてないし」
「ひどいっす」
まあ。雑談に時間をつぶす記者の書いた記事なんて、そんな扱いが妥当なんじゃなかろうか。

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そうこうしているうちに、規定深度まで到達。
フローは舵に手を伸ばし、周辺の海図とそこに浮かんだパラメータを見て、わずかに舵を切る。

ゆっくりと、船がずれていく。ほとんど流されているだけなので、速度は遅い。
「もっと早く動かせるんじゃないんですか?」
彼女が聞いてくる。
名前はなんと言ったっけ。未だ思い出せぬ事に微妙に悩みながらフローは答えた。
「だせないこともないが、そもそもそういう設計をされてない。
 それに、今は中身を積んでて、結構重い」
「それじゃあ退屈じゃありません?」
「退屈かどうかが問題なんじゃない。
 重要なのは、中身に被害を与えないこと、フレームにダメージを与えないこと。
 この船は、高速で動かすためのものじゃない。誰かが住むための家が入る場所だ。
 早く動くことが目的じゃない。動いたことも感じさせないのが目的だ。
 すでに、中に家が入ってることは知ってるだろう?」
「ええ。つまり、そこに影響を与えないように?」
「ああ」

「もう一度聞くけど、でも、それじゃあ退屈じゃありませんか?」
フローはため息をついた。彼女をじろりと睨みつける。
そして。ゆっくり一言ずつ、口にした。
「これが、俺の、仕事だ」

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スレーブシップを送り届けた後、彼女は内部の施設に向かっていった。
そこでも取材をするのだろう。
フローはさらに機器のチェック、様々な連絡を済ませた後、移動用潜水艦に乗り込んだ。
そして最後にたどり着いたのは、巨大な亀みたいなでかい都市船の心臓部
―――マスターシップのいくつものポートのその一つ。

マスターシップの周辺には潜水艦が群れをなしている。
多くの潜水艦はマスターシップからスレーブへと向かっていって作業をし、また周辺海域での
係留点設置の作業に向かい、戻ってきては休んでいる。
マスターシップが実質もっとも潜水艦を内蔵できるせいでもある。

フローはマスターシップのポートに潜水艦をいれると、さっさと降りて、
エレベータに入っていった。
建造途中の第四層に向かい、まだまばらな建物の並びや、そこかしこから伸びている木々の間を縫って、まるで地上のように暑い敷地を進んで行く。

しばらく行くと、作業員専用の居酒屋があった。
すでに、一仕事を終えたクルー達がそこで休んでいる。
傘のような天井があるだけの、ほとんど路上の施設。
テーブルと椅子だけが傘の下にいくつも並んで、せわしなく動く店員が
次々にオーダーを取っていく。

その隙間を抜けていく。
奥で、のんびりとカレーを食べている男と、丸い果実をがりがりとかじっている女を見つけた。
エドガーとモレリィである。

そのテーブルに無言で着くと、二人はこちらを向いた。
「遅かったな。どしたん?」エドガーはカレーを頬張りながら聞く。
「仕事は順調だったが。お客さんが居てな」
「余計なタスクが回ってきた? あっ。わかった!」モレリィがぱっと笑った。
「またあの記者さんでしょう。結構美人の」
「……美人であることは、認める」
「うわー。で? で? こんなところにいていいの?
 っていうかこんなところに来てる場合じゃないでしょう。もうっ」
「何故怒る」
「怒ります」

わけがわからん。
フローは肩をすくめて、スパイスのきいた鶏肉の焼いたものを注文した。
ここの店の鳥は、香草が腹に詰められていて、その香りが実によく食欲をそそる。

「今日はコクピットも賑やかだったろう、それじゃあ」
エドガーが言う。
全くその通りだったので、フローは水を飲みながら頷いた。
「だんまりだからな。おまえは」
「そうだな」

―――そうなのだが。 まあ。何というか。

「あれー? あ、あの人だ。フロー、あの人でしょ?」
モレリィが店の外縁部でうろちょろしている女を指さす。
フローは何も言わない。
彼女がこちらに気づいて、手を振ってきた。やはり反応しない。
「こっちこっちー」
モレリィが声を上げる。
その隙に、エドガーが顔を寄せてきた。にやりと笑う。
「で? 遅れた理由は何なんだよ」
「…………」
なにげに。こいつは妙なところで抜け目ない。
――そうなのだ。余計な客を連れていたところで仕事は仕事。順調にいけば順調に終わる。
タイムスケジュールが遅れる理由もなければ、ここに来ることが遅れることもない。
そして今日の仕事は順調だった。
つまりは、どこかで余計な事をしていたわけで。

「シャチ」
「は?」
まあ。何というのだろう。
ほんの気まぐれ。
時には。騒がしいにしても何にしても。
やはり、誰かと同じ場所にいるというのは悪くなく。
ついでに言えば。
自分がつまらないルーチンワークをやっているわけじゃないということも
思い出させてくれたわけなので。
そのお礼。海の上のちょっとしたスポットで、時々見覚えのあるシャチを見せるくらいなら。
―――まあ、ちょうどいいお返しだったのではなかろうか。

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